コラム・事例紹介

阿蘇一の宮門前町商店街 杉本真也「消えかけた商店街の灯は、いかにしてよみがえったか」(前編)

杉本 真也(すぎもと・しんや) 熊本県阿蘇市

阿蘇一の宮門前町商店街 若きゃもん会代表
1963年熊本県阿蘇市(旧一の宮町)生まれ。県立阿蘇中央高校(旧阿蘇農業高校)卒業後、大手飲食チェーンに勤務。1999年に門前町商店街に戻り、家業の精肉店「阿蘇とり宮」を継ぐ。2001年、商店街の2代目を中心とした「若きゃもん会」を結成、代表に就任。本業でも新たにヒット商品を開発するとともに、「お座敷商店街」や「旅する蚤の市」など様々なイベントを企画、実施、商店街を盛り上げる旗振り役となっている。

疲弊した商店街の復活劇

熊本県阿蘇市の阿蘇一の宮門前町商店街(以下、門前町商店街)は、阿蘇山の麓、阿蘇神社に隣接する全長200mほどの小さな通りに、35軒ほどの商店が軒を連ねる小さな商店街です。

阿蘇市の人口は3万人弱、市民全員が集まっても福岡のヤフードームを一杯にすることもできません。合併前の旧一の宮町エリアの人口にいたっては9700人、高齢者率も32パーセントと非常に高く、新しいことを始めるのが難しく思われる環境です。

そして事実、ほんの15年ほど前まで、疲弊しきった未来の見えない商店街でした。

それがこの10年ほどの間にかつての賑わう商店街の象徴的な風景だった「仲町金曜夜市」の復活に始まり、竹灯篭づくり、水基(湧水)巡り小冊子の発行、通りの清掃活動、ポケットパーク(公園)づくり、桜の植栽と管理、そしてもちろん個店では新たなサービスや商品の開発を行い、多くのお客さまに来ていただける商店街に復活を遂げています。

現在の阿蘇一の宮門前町商店街の様子1 現在の阿蘇一の宮門前町商店街の様子2 現在の阿蘇一の宮門前町商店街の様子3
新緑のもとに多くの人が訪れる、現在の阿蘇一の宮門前町商店街の様子

ここ最近は桜並木の商店街に畳を並べて花見をしていただく「お座敷商店街」や、阿蘇神社の境内や商店街を会場として洒落たアンティークや雑貨などを取り扱う「旅する蚤の市」などの取り組みに力を入れています。去る(2012年)4月15日に行われた「旅する蚤の市。in 阿蘇」では、2万人もの方にお越しいただきました。

空き家と空き地で人は通らず、人の心さえすさもうとしていた商店街が、親父さん世代とわれわれ2代目世代の知恵と想いと行動力のもと、外部の方の協力を得ながらどのように変化を遂げてきたかをご紹介したいと思います。

何をしていいかわからない商店主たちがSCに買い物に行く商店街

門前町商店街は、阿蘇神社を中心に古くから栄え、特に戦前戦後は人と物の集積地だったと聞きます。実際、私が子どもの頃、昭和45年くらいまではまだまだお店もお客さまも多く、活気があったことを覚えています。

私は高校卒業後いったん県外の企業に勤めていたのですが、1999年に父の営む精肉店を継ぐかたちでこの門前町商店街に帰ってくることになりました。商店街と言ってもアーケードはないし、銀行が2軒あったおかげで平日は少しは人通りもありましたが、週末ともなるとまったく閑散としたものでした。

店を継いだばかりで危機感も薄かった頃は、折しも私より半年早く阿蘇へ帰ってきて隣の飲食店「お食事処はなびし」を継いだ宮本博史くんと店頭の椅子に座って話したり、営業中にもかかわらずキャッチボールをしたり、のんびりと過ごしていました。

その頃の商店街の空気を一言で表現すると、「週末になると暇なので商店主が熊本市内のショッピングセンターに買い物に出かけるような商店街」。当時の地元紙には「消えゆく灯(ともしび)」と題してその疲弊しきった商店街の様子が綴られています。

一方で同じ頃、車の通行量の多い国道でコンビニを始めた友人がしみじみと「商売はやっぱり人や車が多いところでせんとつまらんな」と言うんです。

徐々に自分たちの商売の行く末に危機感を募らせるようになった私たちは、「熊本や博多、東京のような大都会でアンテナショップでも出すか」なんて現実離れした話をしながら、「何かしなければいけないけど、どうしたらいいかわからない」時期を過ごしていました。

危機感がピークに達し、“若きゃもん会”を結成

そしてある時、商店街の皆が集まって酒を酌み交わす席で、ふとした思いつきからそこにいる全員に質問をしました。

「あんたんち、5年後に商売しよると思う? あんたんち、5年後にここに住んでると思う?」

運よく借金がなければ商売をやめる、運が悪ければ夜逃げ──そんな商売人の哀れな末路に、そこにいる誰もが自分の未来を重ねてゾッとしました。

そうした危機感がピークに達した2001年、商店の2代目を中心に結成されたのが「若きゃもん会」です。

10人のメンバーのうち最年長が57歳、最年少が28歳で、「あんた若きゃもんかい?」という人もいましたが、ともかく私が代表となりました。そこでまず着手したのが、自分たちが子どもの頃に賑わっていた商店街の象徴的な風景として記憶に残っている、夏の商店街のお祭り「金曜夜市」の賑わいを復活させることでした。

寒々しい商店街のイベントを自分たちの手でつくり直そうとしたはいいものの、誰も大がかりなイベントを主催した経験などなかったため、山積みとなった問題の前に当初は呆然としました。

今までにない豪華な“福引き”が人を呼んだ「金曜夜市」

最大の問題は予算が足りないこと、それに加えて会場の問題、ヒトの問題、許可の問題、企画の問題……課題が山積みのなか、形骸化していた金曜夜市を復活へと導く起爆剤となったのは「仲町なんばーす」という企画でした。

これを実現することが若きゃもん会のメンバーの心に火を付け、金曜夜市を成功に導いたといっても過言ではありません。

仲町なんばーずとは、通し番号の入った抽選券を10枚1組1000円(1枚100円)で販売し、夜市当日に抽選会をするもの。早い話が福引券です。ただし、驚くべきはその賞品の豪華さです。ガソリン1000Lや韓国旅行、現金10万円、大型液晶テレビなどなど……この豪華さが、お客さまの心に火を付けたと言ってもいいでしょう。

そもそもこの企画は観光客の方を呼ぶためではなく地元のお客さまへの感謝祭という性格のものでしたが、当日は各個店で知恵を絞った出し物も盛況で、1000人の人が集まる大賑わい。

「金曜夜市」の様子1 「金曜夜市」の様子2
2002年にリニューアルして以降、多くの人を呼び続けている「金曜夜市」の様子

売上の心配よりも「やるしかない」と追い詰められた気持ちと、甘いことは一切言わず「なんとかしたい」という気持ちが実を結び、イベントは大成功に終わりました。「こんな俺たちでもやればできる」という充足感、そして心に熱いものが込み上げてくる体験をしました。

“絶対に失敗は許されない”──追い詰められた気持ちが知恵と方法を生む

ところで、予算がないなかどうしてこんなに豪華な賞品が出せるようになったのか。

それは、商品の経費総額が100万円いるとしたら、単純に若きゃもん会のメンバーの頭数で割って、その金額(およそ10万円)分の券を自らが現金手出しで買って売り回る、という仕組みをつくったためです。要は各個人が10万円の先行投資をして回収は自分次第。券を全て売ることができればチャラ、売れ残れば出しかぶりとなりますが、これによって豪華賞品と必要経費の予算付けを同時に確保してイベントを行うことができるようになったのです。

かなり乱暴ですが、これくらいのハマリ(熊本弁で“覚悟”という意味)がないと、こんな寂れたまちでのイベントは成功しないと思っていました。

今でも私たちの意識のなかには、この時に心のなかに湧き上がってきた “絶対に失敗は許されん”という言葉が叩き込まれています。

  ※現在も仲町なんばーずのやり方は変わりませんが、はじめてから2、3年は当たらないとか値段が高いとかでだいぶメンバーも苦労しました。おかげで見かねた家族や従業員までが加勢してくれるようになったのはひょうたんから駒だったと思います。

「成功」のゴールを切って手に入れた、課題を乗り越えるための6か条

ところで、「仲町なんばーず」という名前に「あれ?」と思った方もいるかもしれません。そう、私たちの商店街の名称はもともと「仲町通り商店街」というものです。

金曜夜市で「成功」のゴールを一度でも切ったことは、私たちに大きな自信と結束、チャレンジすることの素晴らしさを教えてくれました。

この成功体験から自信を得た私たちは、商店街に立ち寄られた方に楽しく時間を過ごしてもらえるようなサービスや商品の開発を個店でも考え始めるとともに、名水で知られる阿蘇の水基(湧水)を活かした着地型観光をはじめ、様々な取り組みを始めるようになりました。

すると徐々に外部の方からの認知も上がったのですが、全国には「仲町通り」という名前の商店街が文字通り五万とあると言います。

そこで2005年、これまでの組織やイベントの名称は「仲町」のままに、対外的には「阿蘇一の宮門前町商店街」という名称もあわせて使うようになったのです。

さて、金曜夜市をイベントで私たちが学んだ、「大きな壁を乗り越えるための6か条」があります。

  1.時間:十分な時間をかけて会議をすること。
2.知恵:みんなで会議をし、知恵を出し合うこと。
3.やる気:それらのことを続けてゆくやる気失わないこと。
4.責任:誰のせいにもしない!
5.信念:絶対に成功させるという信念を持ち続けること。
6.地域に対する思い:自分が生まれ育ったところに対する愛情、次の世代に繋ぎたい愛情があること。

この6か条だけで成功するわけではありませんが、門前町商店街ではこれがきっかけで「まちづくり」ということを視野に入れて活動するようになったのです。

後編に続きます

 

 

 

登録日 2012年6月08日(金曜)00:00

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