コラム・事例紹介

風景の一部になる
地元出身だからできる地域のまちづくり(前編)
埼玉県寄居町・タウンマネージャー 上田 嘉通さん

上田 嘉通

上田 嘉通(うえだ よしみち)

早稲田大学大学院理工学研究科を修了後、海外の都市開発や、日本の島々の振興や調査・研究に携わり、人とのコミュニケーションを通した地域づくりの実績を持つ。2018年出身地の埼玉県に帰り、株式会社小田屋設立。株式会社まちづくり寄居タウンマネージャー・一般社団法人離島総合研究所代表理事・株式会社JTB総研客員研究員などを兼任。37歳。

埼玉県寄居町のタウンマネージャーとして活動する上田嘉通さん。柔軟な発想で、コミュニケーションをコンセプトとしたイベントを数多く立ち上げています。日本の地方都市の魅力、人と人とのつながり、信頼関係がお金を動かすようになる仕組みなどについて、お話を伺いました。

現在に至るまでの具体的な経緯をお聞かせください。

 大学院を卒業後、就職し、さらに2回の転職を経て、独立しました。
 学生時代は土木を専攻していました。建築に進みたかったのですが、受験での失敗もあり、土木を専攻することになりました。当初、学問として似ていると思い、専攻したものの、両者の価値観は全く異なります。土木は、美しさや人に見られるということは意識しておらず、経済合理性が重視されます。私は美しい風景を作りたいという強い想いがありましたので、土木はおもしろくないなと思っていました
 しかし、大学3年生の頃、土木の中にランドスケープやデザイン研究があることを知り、さらに篠原修先生の「土木デザイン論」に影響を受け、大学院に進みました。大学院では、景観などのデザインを勉強することになり、ようやく「土木いいじゃん!」と、胸を張って言えるようになりました。また、土木に関わる人たちの人間性もその理由のひとつです。土木に関わる人の多くが純粋であり、社会に貢献したいという強い意欲を持っています。例えば、土木に関わる人はプランを作る際、「こうしてあげたらどうだろう」と、他の人が実際に使うことを意識した目線を持っています。一方、建築に関わる人は「こうしたい」という、自分の意思が感じられる言葉使いが多いという特徴があります。土木は公共事業が占める割合が大きいこともあり、「自分の利益よりも、社会の利益のために」というマインドを持つ方が多いのではないでしょうか。振り返ると、「人の役に立ちたい、社会を豊かにしたい、美しい風景やまちを作っていきたい」という今のモチベーションは、大学院生の頃に形成されたのものだと思います。

 最初の就職先は都市計画の設計会社でした。美しい風景を作りたいという思いがありましたので、「自らデザインして作る」という意気込みで入社しました。配属された部署は、案件の規模が大きく、「海外の何ヘクタールもの大きな土地に、どのように道路を通すか」から考える仕事でした。特に、ベトナムを中心に担当していました。ベトナムは社会主義国ですので、自ら提案し、相応の立場の方が提案を承諾したら、実際に形になって進んで行きます。そのわかりやすさがおもしろく、やりがいはありました。

 しかし、その反面、もともとの想いである「人の役に立ちたい、社会を豊かにしたい、美しい風景やまちを作っていきたい」が実現できてないのではないか感じるようになりました。開発する周辺の農村集落は、決して裕福ではありませんが、皆幸せそうに暮らしています。人々の営みの中に、その土地に根差した美しい風景が垣間見えます。それは、誰かがデザインした風景ではありません。生活の基盤となる農業があり、そこに暮らしがあり、そして風景となっています。自分が作ろうとしていた新しい風景ではなく、すでにそこにある風景こそ、本当に美しいものと感じました。自分はゼロの中から作っていきたいと思っていましたが、そうではないことに気づいたのです。道をつくり、建物を建てるといったハード面ではなく、その土地の産業や農業を守り、風景そのものが生まれるしくみも守っていけるようなソフト面での関わりを重視したいと考えるようになりました。

 それから、3年後に会社を辞め、都市計画のコンサルティング会社に入社しました。今のように地方創生というキーワードが頻出する以前から、地方のまちづくりに関する実績を多数有する会社です。
 地方の業務を担当する中、入社した年の3月に東日本大震災が起こりました。それから2年半ほど、南三陸町にて、被害に遭われた方の住宅を高台に移転し、集落を再建する事業に関わりました。住民と地権者、それぞれの意見調整、合意形成が求められる事業でした。
 この事業の遂行には、設計とプランニングの両方が必要となります。設計に関わる方は、年配の技術者の方が中心です。ただし、技術はありますが、職人肌で住民の意見を聞くような経験はありません。一方、若い人たちは、柔軟な思考で、ワークショップをはじめ、学生の頃からまちづくりの経験はありますが、ハードに関する設計、開発など、絵を書くことができません。そのような中、「上田は両方できる」ということになり、この事業を担当することになりました。やりがいもありましたし、仕事としても楽しかったです。しかし、住宅は再建できても、生業はいまだ復興できていなかったため、漁師さんから「仕事がまだ復興していないのに借金をさせるのか」などとも言われました。そのようなことから、産業振興への貢献ができる仕事をしたいと考え、住宅団地の着工を見届けた後、会社を辞めました。

 3社目は、現在も客員研究員としてお世話になっているJTB総研です。入社の際、社員の方から「好きにして良いよ」と言われました。観光分野以外の経験もあることから、自分自身ができること、やりたいことを実現することで、会社としての仕事の幅も広がれば良いという意味から、「好きにして良いよ」という言葉をかけられました。そこで、以前から関心があった「離島」の仕事を始めようと、まずは国交省の公募案件に応募しました。運良く、1年目で仕事を受注することができ、島の仕事が始まりました。その年は複数の仕事を受注したため、島にばかり行っていました。そうすると、徐々に会社の中で、上田は島の担当だという認識になっていきました。
 調査事業としていろんな島に入っていくと、島に対する知見が深まります。島の仕事は薄っぺらな知識ではできないので、訪問回数を重ねるごとに、専門家になるためのサイクルが生まれました。今でも、「島の仕事は上田に」と言われます。島の仕事で、国のアドバイザーなども担当させて頂き、島好きの自分としてはとても楽しかったです。

1 2

関連リンク

株式会社まちづくり寄居
離島総合研究所
JTB総合研究所
風景の一部になる 地元出身だからできる地域のまちづくり(後編)


登録日 2019年3月29日(金曜)00:00

ログイン

新規会員登録はこちら

メールマガジン配信内容募集中

マチイベ!(街のイベント)募集

-中心市街地活性化-まちづくり-サイト内検索

-中心市街地活性化-まちづくり-もっと詳しく検索する

好きなまちで挑戦し続ける

街元気パンフレット

街元気サイトツイッター

街元気facebook

  • -中心市街地活性化-まちづくり-経済産業省
  • -中心市街地活性化-まちづくり-中小企業基盤整備機構
  • -中心市街地活性化-まちづくり-全国商店街支援センター
  • -中心市街地活性化-まちづくり-中心市街地活性化協議会 支援センター
  • -中心市街地活性化-まちづくり-J-Net21 中小企業ビジネス支援サイト