コラム・事例紹介

青森市中心商店街女性部 伊香佳子「女性ならではの利用者目線が導く“まちにあってほしいモノ・コト”への道」(前編)

伊香 佳子(いこう・よしこ) 青森県青森市

青森市中心商店街女性部 事務局長
青森市新町商店街振興組合理事・広報委員長・青年部監事/同一店逸品運動ワーキング部会長
青森市生まれ。慶應義塾大学卒業、東京で大手電機メーカー勤務後、青森市中心商店街にて3代(80年)続く、実家の電器店の店頭に立ち、お客様と接している。ねぶた囃子が響くとじっとしていられない生粋の青森人。業務の傍ら、個店力アップに向け新町商店街が2003年から取り組む「一店逸品運動」推進の中心役も務め、評判の「逸品お店回りツアー」ガイドとして、日々いそしむまち歩きと、まちの良さ発見で培った人のつながりを、さらなる活性化に生かす。一児の母。

 

商店街の壁を越えて、“女性部”結成!

「地元へ買って帰りたいんだけど、青森らしいお土産でいいものは何?」
「さあ〜何があるでしょうね……」

「この辺のお菓子で手軽なお土産になるような名物は?」
「う〜ん……」

世界に誇るねぶた祭りが開催され、期間中だけでも毎年のべ300万人もの県内外の方々がいらっしゃる青森駅前の中心商店街。もう十数年以上前になりますが、その店頭にいる私たちは、お客様としょっちゅうこんなやりとりを繰り返していました。

海産物が豊富なここ青森のお土産? 郷土料理? ウニやホタテはあるけれど。

名産? 日本一のりんごはあるけれど。

出張や旅行の方が、手軽に持ち帰れて自慢できる青森らしい菓子土産?……思い当たりませんでした。

青森の玄関口、「顔」をつとめる商店街なのに、この対応では「おもてなし」からはほど遠い……。

店頭を預かる女性たちの多くが同じ思いをしていたことがお互いにわかるのは、1998年頃、のちに青森市中心商店街女性部の初代事務局長となる女性が発した、次の一言がきっかけでした。

「商店街でお土産を聞かれても困らないような、りんごのお菓子があればいいよね」

ちょうどその頃。北は海に面した青森市中心商店街の、南と東に続いて西にも、車で10分かからない距離の所に大型の郊外商業集積ができることになりました。

三方を大型郊外店の集積に囲まれて、いろんな意味で危機感を共有した中心商店街の女性たちは、1999年6月、青森市中心商店街女性部としての活動をスタートさせることにしました。

 

思い立ったら、すぐに取り組むための組織づくり

青森市中心商店街女性部のお店に掲げられるフラッグのイラスト
青森市中心商店街女性部のお店に掲げられるフラッグのイラスト

部員約50名で発足した青森市中心商店街女性部。

その最も大きな特徴と言えるのは、単一の商店街ではなく、青森駅前すなわち中心部に、つながって広がる7つの商店街──新町・柳町・昭和通り・夜店通り・いろは通り・ニコニコ通り・アスパム通り──に属する女性たちが、同じ志・同じ立場で集まったということです。

「お店の仕事をするかたわらでできることがあれば、それで少しでもまちを楽しく賑やかに」「とにかく自分たちでできることがあれば、やってみよう」──結成時のこの想いのもと、商店街の壁を越えてメンバーが集まった女性部は、いわゆる“親会”のような上部組織を持たず、独立した立場で活動することとしました。

このかたちをとると、活性化に向けての活動資金としての「予算」は、各店舗から月500円と決めたわずかな部費しか当てられません。しかしそのほうが、自分たちが「やってみよう」と思い立ったことにすぐに取り組みやすいと考え、そう決めたのです。

また、発足にあたっては定款をつくり、役員を決めますが、この時も「私たち中心商店街女性部らしい」決め方をしました。それは「役員には、エライひとではなく、自分で体を動かす実行部隊がなる」ということです。

これらの決断は、以降、女性部としての様々な取り組みが目覚ましい成果を上げていくことにつながる、まさに最適の選択だったと思います。

 

できることから始めた、等身大のまちづくり

さて、まずは私たちにできること……。

ともかく商店街をきれいに、と春の雪解け後の汚れ落としと、夏はねぶた祭り前の一斉清掃を。

各部員のお店には、お客様にゆっくりしていただくための椅子とお茶のサービスを。

商店街を歩行者天国にして行われる夏のイベント「しんまちふれあい広場」には、おいしいおそばとフリーマーケットで出店を。

「少しでも活動資金を」との思いから出店に至ったこのイベントでの出し物は、部員のおそば屋さんの手を借りて、当時地元発信で有名になり始めていた三内丸山遺跡にちなんだ具材を工夫した「縄文そば」。フリーマーケットはちょっとした洒落心から「たんすのこやし市」と名づけました。店頭という現場に立つ女性部ならではのこのネーミングもウケて、「自分たちにできる活動」は、なかなかのスタートを切ることができました。

そして女性部結成のきっかけとなった一言、「商店街でお土産を聞かれても困らないような、りんごのお菓子があればいいよね」について。

「りんごのお菓子というとアップルパイってまず思うから、ともかくアップルパイコンテストというのをやってみようよ!」ということになりました。

「どうなるかわからないけどとりあえずできることをやってみよう」から始めた私たち。この時に仕掛けた「アップルパイ」が、のちにどんな発展を遂げることになるか、まだ想像はついていませんでした。

 

イベント経験者がいなくても、コンテストはできた

第1回目のアップルパイコンテストを開催したのは、1999年11月のこと。

当初、「アップルパイコンテストを開く」という目標は定まったものの、部員のなかにはコンテストであれなんであれ、イベントを開催した経験のある人など誰もいません。

予算も少ないなか、どうしたら参加者を集められるか。どうしたら公正な審査ができて、参加してくださった方にも満足していただけ、混乱のない運営ができるか。

実行部隊である役員会で何度も検討した上で、まずは参加していただくモチベーションを上げるために、優勝賞品を当時人気の大型テレビに設定。後はただただメンバー各自が、想像できる限りのことを想定して、お皿の位置や作品の並べ方など当日の動きを自分たちで何度もシミュレーション。

1999年、第1回アップルパイコンテストの優勝作品
1999年、第1回アップルパイコンテストの優勝作品

 

さらに会場は部員であったケーキ店さんの2階をお借りして、審査委員長はそのお店のパティシエさんにお願いすることで、運営上もしも何か落ち度があった場合も、助けていただきやすい環境での開催としました。

結果は、さすがりんごの本場・青森。驚くほど素晴らしいアップルパイが30点も出品され、審査員が順位をつけるのに苦労するほどとなったのでした。

翌年以降も商店街に所属するホテル等に会場を移し、審査員には商店街のケーキ屋さんやパティシエをお願いすることで、新たなりんご菓子の発想の助けなどになればいいなと考えつつ、毎年アップルパイコンテストを開催。

第5回アップルパイコンテスト開催時の様子 優勝作品に選ばれたアップルパイ
第5回アップルパイコンテスト開催時の様子(左)と優勝作品に選ばれたアップルパイ(右)

こうして第6回目の開催を迎えた2004年、東北新幹線の新青森駅延伸が現実味を帯びてきた頃、商品化への可能性を見据え、アップルパイだけを対象とするのではなく、アップルパイも含めた小ぶりで「お土産になりそうなかたちのりんご洋菓子コンテスト」へと、コンテストを発展させました。

これまた、一般市民が参加者対象のコンテストであるにもかかわらず、驚くほどハイレベルな作品がずらり。そのまま、すぐにでもお土産としてデビューさせたいと思わせるものばかり。

これらのアップルパイを見て湧き上がってきたのが、「こんなに素晴らしい作品が毎回出品されているのに、会場に来られなかった方は見ることもできないなんて」「青森の一般の主婦がつくるりんご洋菓子のレベルがこんなに高いことをもっと多くの人々に伝えたい」という想いでした。

 

進化する市民参加型コンテスト

そして新幹線新青森駅開業へとまた一歩近づいた2005年、7回目を迎えたコンテストは大きな展開を遂げます。

これまで建物のなかで行っていたコンテストを、まちの真ん中にある広場に飛び出させ、しかも審査員として一般市民ができるだけたくさん参加できるかたちで開催することにしたのです。

しかし、単に屋内から屋外実施にするだけ。とはいかない、これはかなりの冒険でした。

屋外ですから、暑いかもしれない。寒いかもしれない。寒暖の差が出品作品に影響しないように留意して。雨が降ってもコンテストが開催できるように、テントの設営方法など検討して。せっかくだから一般市民の審査員はできるだけ多く、50名ではどうか。

ただし、1人で30品の味見などという、最後には味なんてわからなくなるような粗末な審査には絶対にならないようにしながら、審査に公正を期すには……などなど、きりがないほどの難しい条件をクリアするため、運営の段取りを素人なりに丁寧に丁寧に積み上げていくなかで、企画面でも新たなアイデアが湧き出ました。

それは、優勝者に対する賞品を、大型テレビのような「モノ」ではなく、イベント時の特別提供というかたちで受賞作品を商品化し販売する、ということでした。

私たち商店主にとって、「モノを売る」「モノが売れる」ことは、日常です。

けれど、普段は家庭にいる主婦の方にとって、ご自分の作品が、イベント時のみ、お値段は材料費の実費とはいえ、きちんとした価値のある「商品」として販売されることは、もしかしたらすごく嬉しいことなのではと考えたのです。

ちょうどこのコンテストのあと、中心商店街内の古川市場周辺で開かれる「大地の感謝祭」という地場産品グルメのイベントに、私たち女性部は出店することになっていました。

コンテストで優勝した「作品」がそこで「商品」になるよう、包装その他を整えて「販売」する。これは私たち女性部にとっても、何かに向けてさらに踏み出す一歩になるのではないか、とも考えました。

ただ心配は、果たしてこの「優勝賞品」は参加者にとって、「ようし、それを目指して出品しよう」というモチベーションになるだろうか、ということでした。

自分たちは女性としてそういうデビューの機会は嬉しいだろうと考えたが、どうなのだろう?

さてフタをあけてみると。よかった、やはり私たちの判断は、独りよがりではない、参加者目線でした。「優勝賞品」を楽しみに、またも30品以上の出品があり、かつ屋外開催も様々に想定したことが役立ち、すべてがうまくいきました。

そして、優勝者だけでなく入賞者の作品も実費で提供することにして迎えた販売イベント「大地の感謝祭」。用意した合計数百個は驚くほどの好評で、あっという間に完売したのでした。

イベント出店時の様子 商品化された優勝作品
イベント出店時の様子(左)と、商品化された優勝作品(右)

こうして「とりあえずやってみよう」から始まったコンテストを開催し続けたことから、次の大きな展開が始まります。

後編に続きます

 

 

 

登録日 2012年6月29日(金曜)00:00

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