研修・セミナー

第4回 まちづくりオープン会議 若者による具体的なまちづくり活動のプロセスと効果を知る、 若者とまちづくり活動について考える(Part1)

第4回まちづくりオープン会議は、2012年10月28日に、静岡県富士市現地研修「まちづくり活動に意欲的な若者がまちの賑わいづくりの主役になる~「若者」を起点とした商店街の新しい魅力づくりを行う連鎖的な展開を体感する~」の2日目の講義とパネルディスカッションをストリーミング中継しました。

NPO法人東海道・吉原宿(以下、東海道・吉原宿)では、2003年の設立以来、「商店街は誰にでも変えられる」「やりたいやつがやる」「イベントから人材育成へ」を合言葉に、「若者」を起点とした商店街の新しい魅力づくりを仕掛け、様々な取り組みを展開しています。

今回のまちづくりオープン会議では、4名の方からの取り組み紹介とともに、同NPO理事の小林紗依さんの進行で、同NPO代表の佐野荘一さん、副代表の加藤富也さん、NPO法人クロスメディアしまだ・理事の兒玉絵美さんのほか、チャレンジショップに取り組む高校生の方々にも登場いただいたパネルディスカッションの模様を3部構成でお届けします。

Part1 取り組み紹介1(若園耕平さん、鈴木雄一郎さん)
Part2 取り組み紹介2(山田有希さん、本間明日美さん)
Part3 パネルディスカッション

 


Part1では、若手として、あるいは若手とともに、どのようにまちづくりに携わっているかについて、高校生チャレンジショップ「吉商本舗」顧問・富士市立高校教諭 若園耕平さんと、ユウイチロウデザイン代表・鈴木雄一郎さんによる取組紹介の内容をご紹介します。


高校生チャレンジショップ「吉商本舗」顧問・富士市立高校教諭 若園耕平さん

販売を通して地域や社会に貢献する「部活動」

富士市立高校教諭 若園耕平さん
富士市立高校教諭 若園耕平さん

若園: 富士市立高等学校の生徒たちが運営するチャレンジショップ「吉商本舗」は2004年7月24日にオープンした。

富士市立高校の前身・吉原商業高校では、商業を実際に体験するため、店舗運営の部活動を行いたいと2004年に「商業ビジネス部」(現在はビジネス部)が発足。部員9名でスタートしたこの部が吉商本舗の主体となった。

実習の場として使えるお店を探していた時に、偶然出会った東海道・吉原宿代表の佐野さんから、空き店舗を紹介してもらった。

販売を通して地域や社会に貢献したい、「商売ってこんなに面白い」ということを生徒たちに知ってもらいたい、という思いから始めたことで、現在までその方針は変わっていない。

吉原商店街にある「吉商本舗」店舗の前に並んだメンバー 店内の風景
吉原商店街にある「吉商本舗」店舗の前に並んだメンバー(左)と店内の風景(右)

出張販売時の風景
出張販売時の風景

お店で販売するのはお菓子、ジュースなどが中心だが、雑貨、オリジナル商品、フェアトレード商品などのほか、郵便も取り扱っている。店舗は、木曜の定休日、テスト週間、年末年始の休み以外は基本的に毎日営業している。営業時間は、平日は授業が終わってから夕方6時まで、土曜・日曜・祝日は朝10時から午後3時まで。商店街でお店を開く以外に、出張販売も行っている。

現在の売れ筋は「お菓子パック」。毎日注文があり、最高で800人分の注文が来たこともある。

売り上げのメインは出張販売で、デイサービスセンターのお祭り等、4つくらいの施設から月に一度は必ず来て欲しいと言われている。富士まつり、商工フェアなど、富士市のお祭りにも必ず出ている。

吉商本舗という名前の由来は、富士市立高校は当時吉原商業高校という名前で、「吉商」という通称があり、そこからとった。当時は商業高校だったが、現在は普通科で、商業を勉強していない普通科の生徒が半分くらい参加している。

一般にも通用する商品開発

若園: 商品開発も行ってきた。いかにも「高校生がつくりました」というものではなく、一般に通用する商品を目指している。

飴「よっぷ」 「吉商本ぽん津」 「カレー革命」
吉商本舗が地元企業らとともに開発した商品。左から飴「よっぷ」「吉商本ぽん津」「カレー革命」

「よっぷ」という飴は、飴の中に「吉」の文字が入っている。「べにふうき」「マラウイ紅茶」「ブルーベリー」と富士市や吉商本舗に関係のある味のものをつくっている。

地元企業と共同で開発した「吉商本ぽん津」は、自分たちで考えたパッケージを、デザイナーにお願いをしてデザインしていただいた。

最近話題になったのは、レトルトカレー「カレー革命」。焼津の業者とどういう味にして何を入れるかを長いこと話し合った末に、2012年3月に発売を始めた2000パックが完売し、新たに2000パックを製造した。テレビ番組にも取り上げていただき、注文が増えている。こうした商品は地域の大型商業施設でも取り扱ってもらっている。

東日本大震災があれば石巻まで行って現状を見、単に募金ではなく、販売を通してどのような貢献ができるかを考えた。そこで、石川県の大聖寺実業高校が開発した商品を販売すると、一部が東北に寄付されると聞き、吉商本舗でも扱うことにした。

マラウイの高校生がつくったフェアトレードのブレスレットを販売
マラウイの高校生がつくった
フェアトレードのブレスレットを販売

また、アフリカのマラウイで、エイズで親を失い学校をやめなければならなくなった子どもたちのために販売されているフェアトレード商品であるブレスレットを扱い、その売り上げに寄付を加えて、マラウイにエイズの検査センターをつくることができた。

NPOとの出会いを通じて広がった教育の現場

若園: 吉商本舗が8年間も続いているのは、NPO法人東海道・吉原宿(以下、東海道・吉原宿)との出会いがあったからだと思う。

設立にあたって、吉原商店街を活性化させようという意図や、まちづくりへの関心があったわけではなかった。オープン当初、なかなかお客様が来ないという問題に直面するなかで、佐野さんたちと話し合い、活動していくなかで、ぜひNPOの活動に協力したい、と感じるようになった。

生徒には「地域や社会に貢献し、そのためにお店を使う活動なら、どんなことでもできる」と言っている。自分たちで考えたものだけでなく、NPOをはじめいろんな方がいろんな話を持ってきてくれる。それを吉商本舗の活動につなげる。自分たちが面白い、役に立てる、と思ってやってみたいと思ったことは何でもやってみることにしている。

高校生は普通、学校の先生と親くらいしか、大人との接触がなく、社会とつながる機会が少ない。そうした状況のなかで、受験勉強して大学に行き、いきなり社会に出て「困った」ということにならないために、今できる経験を沢山させてあげたいと思っている。

社会とつながると、いろんなことを学ぶことができる。そういうことが吉商本舗の意義だと思う。逆に言えば一般の方も、高校生と接する機会は少ないはず。吉商本舗があることによって、地域や社会の人が教育に携わる機会をつくっていると思う。教育の現場が地域や社会に広がっている。

そうした意味で、これからの学校教育の理想的なかたちを実践できているのではないか。生徒だけでなく先生も、社会に出て一般の人たちと交流する機会を増やしたほうがいいし、一般の社会の人たちも、高校生に限らず小中学生とも積極的に関わったほうがいい。

3年間経つと生徒たちは必ず入れ替わってしまう。毎年3年生が引退する時期になると、1、2年生だけで大丈夫かな?と思うが、自分たちが責任を持つと劇的に変わる。8年間続けてきたが、まだまだこれから続けていけると確信を持っている。これからもいろんなことに挑戦していきたい。

ユウイチロウデザイン代表・鈴木雄一郎さん

商店街とクリエーターの出会い

ユウイチロウデザイン代表・鈴木雄一郎さん
ユウイチロウデザイン代表・鈴木雄一郎さん

鈴木: 私は2006年から富士市内でデザイン事務所を経営し、主に企業のコーポレートアイデンティティに関わるデザイン、ブランディング、店舗計画等を行っている。また、経営支援アドバイザーや市の派遣の専門家登録もさせてもらっている。

吉原商店街ではこれまで、NPOの会員として「アートフリマ」や「Tシャツグランプリ」「シャッターアート」といったプロジェクトを企画、実現してきた。

東海道・吉原宿と関わりが生まれたのは、10年くらい前、デザイン事務所に勤めているサラリーマンの頃。当時は家と勤め先を往復する毎日で、地域とのつながりはなかった。しかし、通勤で吉原商店街を通った際に偶然、吉原商店街でフリーマーケットのようなイベントをやっていることを知った。

当時、別のところでオリジナルのTシャツをデザインして販売する機会があり、とても楽しかった。吉原商店街のイベントでも自分がつくったものを販売できるか問い合わせのメールをしたところ、佐野さんから丁寧なメールで「ぜひやってください」とお返事をいただいた。

吉原商店街には敷居の高いイメージがあり、許可が下りるまで何ヶ月もかかると思っていたが、実際に佐野さんにお会いすると「来月からやってください」と言われ、驚いたのを覚えている。

次に、自ら「アートフリマ」の企画を持ち込み、開催させてもらった。ネーミングも自分で考え、ロゴもデザインさせてもらった。

「アートフリマ」のチラシ カフェでの物販の様子
「アートフリマ」のチラシ(左)とカフェでの物販の様子(右)

当時のデザイン事務所の仕事では、アート関係のロゴをつくるようなことはなかったので、ロゴを自分でデザインし、それが印刷物になることも嬉しかった。

毎月こうしたイベントをやるようになり、代表の佐野さんや副代表の加藤さんと仲良くなって、「どんどんいろんな提案をして欲しい」と言われた。

そこで、月に1回、吉原小宿というスペースを使ってカフェをやるようになった。デザイナーや作家の仲間を巻き込み、作家の作品を売ったりもした。

商店街は若いクリエーターに「チャンス」を与えてくれる場所だった

鈴木: その後、「お店のシャッターに絵を描いてくれ」と言われて始まったのが「シャッターアート」。

シャッターアートの例1 シャッターアートの例2
全国から集まったクリエーターによるシャッターアートの例。
絵を描いた空き店舗にお店が入っていった。

報酬があるわけではないから、言われたことをやるだけになるのは嫌だった。そこで「アーティストが描きたいものを自由に描けること」という条件をつけた。

これを「シャッターアート」という企画にして全国に広報したところ、北は新潟、南は岡山から、手弁当で10人以上が参加してくれた。

「まちの歴史を描いてくれ」といったお題を出されるのではなく、自由にやらせてもらえたことが成功の理由だったと思う。

シャッターのような大きいスペースに好きな絵をオフィシャルに描ける機会はなかなかない。そういう場とチャンスが欲しいと思っているクリエーターは多い。

この時に確信したのは、このNPOは「お金は出さないけど、口も出さない」ということ。同時にこの商店街は何かやりたいと思っている人が一番欲しい「チャンス」を与えてくれる場所でもあると感じた。

商店街を舞台にしたイベントのポスターが県のコンペに入選

Tシャツグランプリのポスター
Tシャツグランプリのポスター

鈴木: 次に、自分から「Tシャツグランプリ」という企画を提案した。Tシャツのデザインを全国から公募し、実際のTシャツとして販売し、グランプリを決めるというもの。居酒屋で飲んでいる席で話したことがその場で決まっていって、次の日から動き出した。

「Tシャツくん」というプリントする機械をNPOで購入してもらい、会社勤めが終わった後に集まれる人が夜な夜なTシャツをつくった。1週間で600枚Tシャツをプリントすることになり、毎晩プリントしては飲みに行った。

こうした機会を通じて、NPOのメンバーとは仕事や肩書き関係なく、目標を共有してそれに向かって進みながら、楽しくお酒を飲むことができる関係をつくることができた。そこで普段考えていることを話すことで、仕事へのフィードバックが生まれる。そういう良い循環が生まれていると感じた。これは仕事ではなかなか難しい。

プロのデザイナーは普段、クライアントの要望をもとにデザインをするから、アーティスティックで自由なものをつくる機会は少ない。しかしこのTシャツグランプリで初めて、自分が自由にデザインしたものが正式なポスターとして印刷されることになった。

このポスターを静岡県で行われるデザイナーのコンペに出展したところ入選した。それまで、自分がデザイナーとしてどれくらいのレベルかわかっていなかったが大きな自信になった。

独立後は個店の店舗計画や県立美術館のアートディレクションも手がける

鈴木: 同時期、東海道・吉原宿がy-micsというSOHOを始めた際、自分も間借りした。y-micsでは同世代のクリエーターが個人事業主として活動しており、それに刺激を受けて2006年に「ユウイチロウデザイン」という名前で独立することにした。

独立のきっかけになったもうひとつの要因は、y-micsに出入りしていたことで、吉原商店街でお店をされている経営者の方と親交が深まっていたこと。「独立するならうちのHPをやらないか」「うちのお店の改装を考えてみてくれないか」とお声がけをいただいた。

その中から、全国的に有名になる商品のデザインをさせていただくことがあり、これが新たなクライアントの獲得につながった。

独立後は、NPOで知り合った方に頼まれた「富士山検定」のロゴやポスター、また商店街の店舗のリニューアルにあたってロゴやグラフィックデザインをし、これらが先のコンペで準グランプリ、グランプリを獲得した。

吉原商店街の個店から生まれたヒット商品 県立美術館のポスター等
吉原商店街の個店から生まれたヒット商品(左)と県立美術館のポスター等(右)

こうした経緯から多くのオファーをいただくようになり、最近では静岡県立美術館の展覧会のアートディレクションや、他市の商工会議所等からも仕事をいただいている。こうした仕事の契約は、吉原商店街で仕事をした時と同様、代理店を通さず直接取引をさせてもらっている。

まちで育てられた人が、まちに戻ってくるという循環

「静岡グラパ賞」グランプリを受賞した衣料品店のロゴ「NAKAGAWA CI」
「静岡グラパ賞」グランプリを受賞した
衣料品店のロゴ「NAKAGAWA CI」

鈴木: 自分はデザイナーとして東海道・吉原宿で育ててもらったと思っている。吉原で経験を積み、それを見た他地域の方々が仕事の依頼をしてくださるようになった。そこで鍛えられてノウハウを得た。来年からまた吉原の仕事が増えるので、これまで得たものをフィードバックしたい。

吉原との関係がなかったら今のような仕事はできていなかったと思う。チャンスを沢山くれた佐野さんと副代表の加藤さん、そしてみなさんのおかげだと思っている。

自分の実体験として感じるのは、人がまちをつくるのではなく、まちが人をつくる、ということ。まちで育てられた人が、また戻ってきて、まちをつくる、という循環がよいのではないか。

これからも、東海道・吉原宿には、敷居の低いまま、誰でも受け入れて、いろんな人に、どんなことでもチャンスを与えていってあげて欲しいと思う。

Part2に続きます

 

 

 

登録日 2013年1月30日(水曜)00:00

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