研修・セミナー

第5回 まちづくりオープン会議 リーダーが進める人づくりとコトおこし~担い手の巻き込みと次世代リーダーの育成~(Part4)

2013年2月2日に東京で公開収録が行われた第5回まちづくりオープン会議では、石原武政先生のコーディネートで、各地でまちづくりの先頭に立つリーダー6名の方を登壇者に、4名の方をコメンテーターに迎え、「リーダーが進める人づくりとコトおこし~担い手の巻き込みと次世代リーダーの育成~」をテーマに6名の方の取組紹介をもとにディスカッションを行いました。その模様を4部構成でお届けします。

Part1 組織内の人材育成
Part2 地域内人材の発掘・巻き込み
Part3 外部支援者としての発掘・指導
Part4 コメンテーターとのディスカッション

コメンテーターとのディスカッション

映像(チャプター4)を見る

石原 今日はコメンテーターとして、本来ならパネリストになっていただくような方々にお越しいただいている。今までの議論をお聞きいただいた中で、意見・質問をいただければと思う。

まちづくり会社の人件費をどのように工面し、継続させているか(原田→吉井)
(マネジメントオフィスHARADA 代表/府中市中心市街地活性化協議会 タウンマネージャー・原田弘子さん)

原田弘子さん
原田弘子さん

原田 長浜まちづくり株式会社では沢山のスタッフを採用しておられるが、そういった人件費はどのように工面されているのか。また、私たちも、まちづくりに関する人たちに入っていただくにあたって、緊急的な助成金を使うことがあるが継続が難しいという問題がある。そうした意味で人件費の継続性についてどのようにお考えか。

吉井 まちづくり会社の経営で大事なのは、固定収入をどうやってあげていくかということと、それ以外の変動のある収入、確定していない収入を年間でどう考えていくか、ということだと考えている。

ただし、長浜まちづくり株式会社では、指定管理者制度はいろんな制限がかかってくることから、指定管理は受けないことにしている。

土地を借り上げて、駐車場を経営している。そこでどう利益を上げたらいいか、ということを社員で一所懸命考えている。

収益事業として駐車場と不動産収入を実施する。また、新しい中心市街地活性化基本計画の策定はまちづくり会社が受託していく予定である。専門家のご指導を得ながら、まちづくり会社が自ら計画をつくり上げていこうとしている。

そのうえで、緊急雇用制度は活用させていただくようにしている。ただ、基本的に、そういった行政の支援がなくてもプロパーの社員を雇える経費をいかに稼いでいくか、ということを常に考えていかないと、まちづくり会社は継続できない。絶えずそういった危機感をもって、社員は自分の年間の賃金ぐらいは稼ぐような企画をみんなで考えてやっていこう、という話をしている。

出資を伴うまちづくりの担い手をどのように見つけ、巻き込んでいるのか(原田→杉谷)

原田 米子では事業開発を手がけていらっしゃるが、補助金を使うにしても、ある一定額以上の出資を地元の方々がされているということだと思う。30代の女性がそれなりの額の投資をされたということだが、そういった方々をどのように見つけ、巻き込んでこられたのか。

杉谷 先ほどもお話しした30代の女性の方は、まちづくり会社をつくる以前に、店舗を2軒と倉庫と事務所を1軒ずつ、計4軒を賃借されて、毎月賃料を支払われていた。これから30年にわたって商売をしていくのであれば自社物件を持ったほうがいいだろう、ということがあった。

ビルの元々のオーナーであった書店さんも理解のある方で、土地建物でも土地のみの簿価ということで了解をいただいた。

土地を担保に入れて、土地購入と補助金の中の自己負担の三分の一を地元の金融機関から借り入れた。内装にかかる部分の三分の一については、彼女が毎月払っていた賃料は自分が直営店で入ってしまうからなくなるし、新たにテナントを入れるのでテナント収入があるから返済の見通しが立つことになり、事業に踏み切った。

一方、善五郎蔵という商業施設を運営する会社の社長をしておられる方は、ご自分が倉庫で使っておられた蔵を改装した。7台分の貸駐車場としても使っていたが、その駐車場収入がなくなるので、相当額をご自分が社長になる株式会社法勝寺町の土地建物の賃貸料にした。内装費用については三分の一のリスクを取るけれど、自分の建物は良くなる。ただ、テナントリーシングの経験はないので、テナントの中に飲食業のプロを入れた。そのプロの賃料で、だいたい返済計画の損益分岐点は見込めるという話をして、「やりましょう」ということになりました。

石賀治彦さん
複合商業施設・善五郎蔵を運営するため株式会社法勝寺町を立ち上げた石賀治彦さん

一番難しかったのは、70歳を超えておられる方が社長をされる地域交流センターだった。前の2つのケースは、社長がリスクを取るけれども返済後のリターンは社長に返るから、そこで次のまちづくりも考えましょう、という話だったが、この地域交流センターの場合は地権者さんが別にいらっしゃった。

そこで地権者さんにお願いをして、固定資産税プラス2%の地代で賃借することになった。内装投資の三分の一は、その社長さんに個人保証を入れていただいた。そこで、その方が安心して老後を送れるように、中に入っているテナントを事業法人化して、その方々が持続可能な事業にしていくために収益体制を構築する、というのが課題となっている。

外部の人材に対する地権者の反応は(古川→吉井)
(香川県高松市・高松丸亀町商店街振興組合 理事長・古川康造さん)

古川康造さん
古川康造さん

古川 竹本理事長がおっしゃっていたように、イベントは目的ではなくて、コミュニティを維持していくツールであると思う。そして、そのコミュニティをいかに使うかがこれから先の課題だろう。加藤さんがおっしゃったように、商店街が売り上げを失った理由は「欲しいものが揃っていない」ということが筆頭だ。いかにしてそういう本音の意見が出るコミュニティに仕上げていくかが非常に大切なポイントだと思う。

私もよく地権者さんから「うちは4代商売が続いたのに、息子が商売を放棄してサラリーマンになって、とんでもない野郎だから説教をしてくれ」というご相談いただくが、私がお答えするのは、「息子さんの選択は正しかったと思いますよ、こんな借金だらけの先の見えない商売を継ぐ息子がいるわけがない。そんなお店を残したあなたが馬鹿です」ということだ。こういうことを言うのが許されるのがコミュニティの力だ。これまでに築き上げたコミュニティをいかに使うかというのが、これから一つの課題だと思う。

そのうえで、全国各地で地域背景がそれぞれ違っていて、また、まちづくり会社と振興組合は、性格が違う組織だと思っている。

まちづくり会社は往々にして外部から優秀な人たちを雇用して、運営を担っていくスタイルが多いが、地方はローカルに行けば行くほど外部の人を嫌ってしまうことがあるため、それをいかに乗り越えるかが課題になると思う。長浜での地権者さんの反応はどんなものかを吉井さんに伺いたい。

吉井 しがらみを断ち切っていこうとしたら、あえて新しい人を入れたほうが好き放題にやってもらえる。県外出身の社員には、長浜を外から見て新たな提案をして欲しいと思っている。また、中小機構のアドバイザー派遣でも、琵琶湖の西側の人に来てもらっている。地元の方とは、私が30数年来付き合いがあるので、その信頼関係がベースになっているということもある。

外部から来た人は、地元の商業者の方や関係者の方からきちんとした人間的な信頼を得られるかという、人間性に尽きると思う。有り難いことにうちの社員は、地元の方に可愛がってもらっている。そのための最低必要条件としては、きちんと挨拶ができること、自分の思いばかりを言わず、人の話をきちんと聞けるということ。そうでないと難しいだろう。

商店街の地権者の本業はどのような状況になっているか(古川→阿部)

古川 昔の商店街は、商売をしながらまちづくりもやってこられたが、現在はまちづくりをしながら商売を継続するという二足のわらじが履きにくい時代になっている。そんな中で、商店街振興組合としてまちづくりに取り組んでいる地権者のみなさんの本業はどんな状況なのかを阿部さんに伺いたい。

阿部 岩村田商店街では、1993年頃は42軒あった店舗のうち、1998年頃にはそのうちの15店舗が空店舗になっていた。それが現在まで盛り返して68店舗が軒を並べ、その6割が継続して本業をやっておられる。これには歴史ある中山道のまちとして、呉服屋さんが2軒あることをはじめ、味噌の醸造会社や、造り酒屋さんがあるなど、手仕事、手作り、技というものが息づいていることが大きいと思う。

これまで、東京や県外に出られたり、2階を住居にして1階を空き店舗にしていた大家さんを説得して、若手の起業家を入れ、空き店舗は2店舗にまで減っている。具体的には「手仕事村」というチャレンジ・ショップをつくり、ここを卒業した若者を空店舗に入れていった。その際、大家さんの考え方と、私ども役員の考え方とにあったギャップを解消するため、大家さんと私たちがディスカッションをする「大家さんサミット」を開き、私どもの情報を大家さんと共有することで、大家さんに私どもの応援団になっていただき、徐々に素晴らしい信頼関係ができてきた。若手にも必ず挨拶をしろ、必ず大家さんのところまで掃除をしろ、ということを言っている。

大家さんとしても、シャッターを閉めたことに対しては罪悪感のようなものがあるから、そこを除け者にしないで、きちんと中に取り込むというだけの度量が岩村田には残っていたのだと思う。

自身の引き際は決めているのか(牧→杉谷)
(大分県大分市・株式会社大分まちなか倶楽部 タウンマネージャー・牧昭市さん)

牧昭市さん
牧昭市さん

 私は大分で「まちをいかに経営するか」という視点からまちの経営プログラムを考えながらまちづくりをしている。人材育成という観点で言うと、営業部門、管理部門、イベント部門というようなかたちで、それぞれ担い手をつくっている。

着任した当初、長老の方々にご退場いただいたうえで、人材育成も含め新しい枠組みをつくってきた一方で、自分がいつ辞めるかを実はもう決めていて、60歳で第一線から退くことにしている。次の4月で50歳になるので、あと10年のうちに後進に道を譲る環境をつくろうと思っている。みなさまの中で、自分がいつ引こう、ということを決めていることがあれば、お聞かせいただきたい。

杉谷 私は60歳だが、3年から5年というのが、人事の期間だと思っている。後継者も準備しているが期待しすぎてもいけないだろう。

ただ、先ほど申し上げたように6つのまちづくり会社ができて、現在も2つを準備しながら、3つ目のアーケードを外しにかかっている。

タウンマネージャーに就任した当初、古川さんの丸亀町商店街で「不動産の所有を利用に変える」ということを学んだが、アーケードを外すことによって、これまで1階の店舗としてしか考えられなかったところが、2階、3階の不動産の利用価値を考えることになっていくと思う。これからのタウンマネジメントは、こうしたアーケードを外した後の不動産の利用価値を考えるところにシフトしていくだろう。そこには商業もあれば、居住もあれば、いろんな土地を集めてシェアする駐車場もあるということになる。

そうした観点から米子では、アーケードを外したまちづくり会社の社長さんと社長さんとをつなぐことと、そこに若手の不動産業の人間を入れるということを意識的にしている。そうした方に毎月やっているタウンマネジメント会議に参加してもらって、アーケードを外すということはどういうことかを勉強してもらう。アーケードを外した後の建物をどうするのか、空店舗をどうするのか、ということを商売として考えると、「日本中があなたの商売先になるんじゃないか」という話をしている。

ただ、私のやり方は「誰々を可愛がっている」と言われかねないので、いっぺん線を引くべきだろうと思っている。

元気な商店街振興組合の立場から見て、まちづくり会社は必要か(三石→竹本、阿部)
(長野県飯田市・株式会社飯田まちづくりカンパニー 取締役事業部長・三石秀樹さん)

三石秀樹さん
三石秀樹さん

三石 それぞれのまちづくり会社で立場は違うが、元気な商店街の方から見たら、まちづくり会社というのはそもそも必要なのかどうなのかをお聞きしたい。

竹本 佐世保では商店街が元気過ぎるのか、勝手になんでもかんでもやってしまっている状況ではあるが、まちづくり会社をつくりたいという思いはある。まち全体として、うちのまちはどういうふうになっていく、というグランドデザインを、行政ではなく我々がつくることもやっていきたい。

私自身の思いとしては、商店主、まちづくりを考える人、役所の若い人たち、それから議員さんたち、いろんな方を集めて、佐世保が5年先、10年先にどうなっていくのかを考える人たちをつくるためにも、まちづくり会社をつくりたいという思いがある。その賛同者を一人ひとり、つくっていく段階にあると思っている。

阿部 私は、商店街を中心としてまちが成り立っているのではなく、住みよいまちがあったうえで、商店街というゾーンがあると考えている。また、地域によって人口や歴史、風土、環境、首長の考え方、そこに住んでいる人、商いをする人、様々な要素があり、これによって、まちづくりも活性化のあり方も変わってくるが、行政に頼らず、自らグランドデザインを考えていくスキルなり組織なりがなくてはいけない時代だと思う。

しかし、財産も歴史も違い、50年前の恨みつらみが出てきてしまう商店街同士が連携することは難しいという現実がある中で、そんなこととは関係のないところでつながっているのが、若者たち。彼らは、NPOをつくったり、バルやったり、まちカフェやったりしながら、なんとかこのまちを活性化していこう、ということでつながっている。こうした様々な若者と連携していくことがこれからの鍵になると思う。

今後は金融機関や商工会議所等の支援をいただきながら、そうした若者たちのつながりも活かしたまちづくり会社をつくり、子どもやお年寄りのためのコミュニティ施設や、観光客のための施策や、博物館といった場の運営を専門的にマネジメントしていくまちづくり会社が必要だと考えている。

行政との関係はどのように捉えているか(石原→竹本)

石原 行政に頼らないまちづくりが必要とされる一方で、行政にはこう振る舞って欲しい、という要望を伺いたい。

竹本 佐世保では、私どもがいろんなイベントをやったりする時に、ほとんど行政の姿が見えない。こちらが好き勝手やりながら、必要な時は予算面で支援をしていただきながら、自由にキャッチボールのできる体制になっていて、その信頼関係が一番大事だと思っている。

石原 子どもを育てる親のように、行政は後ろから見守りながら、時にはお金も出す。目を切らずに、現場におりてきて、一緒の目線で動いて欲しい、ということだと思う。

ディスカッションを振り返って

石原 6つの商店街、地域で、それぞれに個性があり歴史があり、特徴的なことをやっておられる。これは地域の特性だけではなくて、それぞれ関わっておられる方の個性と地域との関わりの賜だろう。そうした人と地域の出会いの中で、まちづくりは進んでいるのだと思う。

そうは言いながら、うちはうちのやり方でやるんだ、というだけではコトは進まないので、情報交換をしながら、「うちでならこうできるのかもしれない」という気づきがあり、それを情報交換していくことが、それぞれの地域での取り組みを変えていく力になるのだと思う。今日のお話の中に、1つでも2つでも、そうした気づきがあればと思う。

チャプター4

登録日 2013年3月29日(金曜)00:00

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