コラム・事例紹介

社会彫刻としてのまちづくり

新野圭二郎 新野 圭二郎 (にいの けいじろう)
 アーティスト / N STUDIO,INC.主宰
 アートセンターNICA館長
 大学で、建築・地域共生デザインや空間デザインを学んだ後、渡英。帰国後、本格的に活動を開始し、国内外で様々なプロジェクトを展開する。2003年より、東東京で始まった、リノベーションを使ったカルチャー・ムーブメントに初期から参画し、2011年にアート・クリエイティブ拠点「Creative Hub 131」(経済産業省Creative Tokyo構想賛同施設)、2013年、新たなパブリックの実験場「PUBLICUS × Nihonbashi」を東京日本橋にオープン。2015年1月、日本橋にアートセンター「NICA : Nihonbashi Institute of contemporary arts」を、本格的にオープンさせ、館長に就任。

 
 

-Creative Hub 131が注目を集めています。どのような経緯でクリエイティブ拠点の設置・運営を手掛けるようになったのでしょうか-

 2001年末にロンドンから帰国し、アーティストとして活動するようになりました。アーティストですので、まずは活動の拠点となるアトリエを作ろうと考えました。そこで、埼玉から東京、神奈川、千葉とあらゆるところでアトリエになりそうな物件を探していました。しかし、アトリエに合致するような、天井が高く、白い壁があるといった物件なんてどこにもありませんでした。それに、海外から帰国して間もないこともあり、不動産屋も社会的に不安定な立場にある人とみなしますので、気軽に貸してくれることもありませんでした。このような状況が続き、心が折れそうになりましたが、2003年、日本橋で安く大型のビルを借りることができるという情報をかぎつけ、オーナーを訪問しました。
 2003年は、六本木ヒルズや汐留シオサイトができ、オフィスの供給過剰が話題になった頃です。いわゆる「2003年問題」としてメディアにも取り上げられていたことをご存知の方も多いのではないでしょうか。また、この辺りは繊維問屋が集積していますが、ちょうど問屋システム以外のビジネスモデル、例えばユニクロなどのように製造と販売を一体に行う企業が登場したこともあり、繊維問屋が相次いでこの地から撤退し、物件が急激に値崩れを起こしていました。家賃交渉を行い、その年に、ビルの3階から5階までの57坪と屋上を15万円で賃貸することができました。いまでは考えられない価格です。家賃交渉と合わせて、そのビルに居住し、アトリエとして空間を使い、余剰スペースを知人に賃貸すれば、生計の足しになるのではないかと考え、転貸可能な契約を行いました。こういった交渉を行なう入居希望者も当時では珍しかったようです。

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Creative Hub 131

登録日 2016年2月26日(金曜)00:00

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