コラム・事例紹介

地域に残されたものを魅力に変えて活かし、
必要な投資を呼び込むマネジメントを(後編)
青梅市・五日市タウンマネージャー 國廣純子さん

國廣純子

國廣純子(くにひろ じゅんこ)

青梅市・五日市タウンマネージャー
1976年広島県生まれ。慶応大卒業後、日本銀行調査統計局を経て、都市計画・建築の分野へ進む。中国・北京の都市計画事務所で副社長を務めた後、2013年から青梅市中心市街地活性化協議会タウンマネージャー。商工会議所や市、地元商業者らでつくる協議会で企画立案や事業展開のサポート役を務める。
※NPO法人グリーンズ『greenz.jp』(2017年12月19日公開)から引用

どのような経緯で、青梅市の中心市街地の再生に携わるようになったのですか。

 青梅市着任の直前までは、中国資本の会社で、現地の地方政府をクライアントとし、日中のプロジェクトチームを作って都市計画や建築設計をまとめる仕事をしていました。土の塊のような遺跡を保護修復し、地域資源として価値を与えながら、エリアの機能やプログラムを提案したり、開発の行き過ぎた都市計画の是正計画を提案したり、色んな意味で地域に“のこされたもの”を、資源として活用するプロジェクトを多く経験しました。
 タフな状況に追い込まれることも多く、その殆どは異文化間のコミュニケーションのずれによって起きていることに気づき、マネジメント能力を意識的に研いでいく必要性を感じました。尖閣問題で日中関係が荒れた翌年に、政府への出入りが一時的に厳しくなり、あちこちのプロジェクトが中断し、やむ無く帰国してきたところ、知人に声をかけられ、青梅の仕事に従事することになりました。

青梅市に赴任された当初は、どのような状況でしたか。

 当時の青梅市は中心市街地活性化基本計画の原案をまとめ、内閣府の認定はこれから、という段階でした。採用された時、建築や都市計画のキャリアは期待されていたと思いますが、活性化推進の最終目標としてのハード事業(=青梅駅前の再開発や公共施設の集約再編など)は、基本計画には位置付けられていたものの、具体化にほど遠い状況にありました。
 古いまち特有の閉鎖的な気質、協力しながらまちづくりを推進する気運の欠如、自分の思い通りにやりたいというだけの担い手が、玉石混交の状態で林立しているなど、地域資源や歴史的背景には良いものを持っているのに、活かしきれていない状況がありました。放置すればするほど、社会資本としての価値が下がる空き店舗や公共施設をどう活用するか。その課題に取り組むための前段の作業が、膨大に残されていました。

青梅市では、どのようなことに取り組まれましたか。

 着任してまず取り組んだのは、市街地のポテンシャルを分析し直し、再生のために実施すべきことを整理していくことです。市街地をとりまく人間関係を修復し、新しいコミュニティを組込み、積極的に街に関わりたい若者の発掘とスキル向上をサポートするなど、とにかく“まちに投資ができる状況をつくるまでの、地元の方々の意識改革”に注力する日々が、3年ほど続きました。
 当時の青梅は、リスクの発生する投資には否定的な空気が強く、まちづくり組織が、空き店舗の改修を推進することに対してすら慎重でした。
 とにかく地域に投資する財源が絞られている状況下で、市街地再生のために仕掛けられることは何なのかを模索しながら、データを見て探り当てていく。その先に、投資すべきものとは何なのか、そこが明確になるまでは辛抱しようという共通認識が、行政、会議所の中活担当者チーム内部にありました。
 そのため、商店街や地元を盛り上げたい若者をサポートしながら、彼らのやりたいことを最大限尊重しつつ、自分がプロジェクトのプロデュースや調整に介入することで、まちなかが劇的に変化してきたことを、市民や地元企業にはっきりと印象付けられるように工夫しました。
 こうして2015年に株式会社まちつくり青梅が設立され、空き店舗対策事業(アキテンポ不動産)も始まり、翌年に内閣府の認定を受けるに至ったことで、ようやく地域再生への自覚が生まれ、「地元の力をベースとして、自分たちが地域へ投資していく」という気運が徐々に高まっていきました。
 一般的に地方都市では、シャッターが下りていても借りることのできない店舗が多いのですが、「アキテンポ不動産」を通じて28件の物件を流通させ、うち18件が開業につながりました。
 また、年一回の見学会には30~50名の参加者があり、我々の関わっていない中心市街地の開業を含めると、6年間で75件の開業が達成されるなど、我々の想定を大きく超える成果を達成しました。
 青梅商工会議所の創業塾が人気で、手厚い創業支援が行われていたことも、大きな影響があったと思います。今となっては、仕組みをつくり、情報発信する、という中心市街地活性化の取り組みがなければ、そうした青梅にあった潜在力を可視化することも出来なかっただろうと振り返ることが出来ます。今では創業塾のコースも拡充され、毎年100名近くの受講者がおります。
 もうひとつ、会社設立の年に地元資本のスーパーマーケットが閉店し、対策としてマルシェを立ち上げて4年になりますが、マルシェを通じて市街地に関わり続ける若手が増えたことで、このエリアに新規事業を開業する人、拠点を移動させる人が出てくることに繋がりました。
 結果論ですが、焦燥感を抱えながらも、目の前のことに対して、手抜きせず打ち込むことで、蓄積してきたノウハウやネットワークがうまく噛み合うようになったことが、良い結果に繋げることができた要因だと思います。

おうめマルシェ

駅前スーパー撤退に伴い若手事業者と立上げたおうめマルシェ。2019年で5年目に

これまでのまちづくり経験の中で苦労されたのはどのようなことですか。

 個別の建物所有者との交渉も大変ですが、地権者がまとまった土地建物を所有している案件であっても、簡単に事が進むわけではありません。
 例えば、青梅織物工業協同組合はその典型的な事例でした。同組合は、織物工場や旧都立繊維試験場など複数の歴史的な建物を所有しており、工場や繊維試験場がアートなどのイベントスペースや工房として使われていました。組合理事の中には、そうしたアートやクラフトの活動が集積することの価値がわからず、「早く建物を壊し更地にして、今のうちにマンション開発をしよう」と発言する方々もいました。版画や造形、木工、音楽などに携わる人が集まってきていた工房の盛り上がりを何とか維持しようと、事務局長と相談しながら進めた対策の一つが、国の登録有形文化財への申請でした。
 建物が昭和初期のものであるという漠然とした情報以外に、現存する記録資料が非常に少なく、2年かけて青梅中で様々な資料を集め、地域における建物の歴史的価値を整理し、所見を作成しました。2017年に無事に登録が認められ記念祝賀会が開かれましたが、活性化に否定的だった理事たちも満足そうな表情でした。地域の資源も、組み合わせや、どのように活かすかによって、関わる人間の溝を埋める事業になる、と強く認識することにもなりました。

旧サイジング工場

2016年に登録有形文化財に指定された旧サイジング工場

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関連リンク

株式会社まちつくり青梅
まちづくり女子座談会(1)
まちづくり女子座談会(2)
まちづくり女子座談会(3)
地域に残されたものを魅力に変えて活かし、必要な投資を呼び込むマネジメントを(前編)

登録日 2019年3月26日(火曜)00:00

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